ひのすけまるのブンチン

ひのすけまるの制作物関連

 

体温計は38.2度を表示している。身体が重くそこらじゅうが痛い。
ここ数年ひかなかった風邪をひいたのだ。
久しぶりの病床は思った以上にワタシを痛めつけた。
それは身体だけでなく、ワタシという存在そのものを。

ワタシはとある老舗メーカーでパターンデザイナーをしている。
勤め始めて7年目。社内では中堅といったところで、最近は撮影用の特別なパターンをひかせてもらうことも多くなった

仕事は嫌いじゃない。かといって、このままこの会社で仕事を続けるのかと言われるとそれも違う気はしている。


女なのだから嫁にはいって家庭を守ればいいじゃないかと身近な人には言われるが、
そういう場面を想像すらできない事を考えると、どうもワタシは人に支えてもらったり支えたりする事が上手にできないタイプの人間なのではないかと思っている。

ワタシのなかでワタシは出来上がっている。そういう年齢だ。

まあそういうわけで、普段はいるはずのない「平日の自分の部屋」に今日はこうして転がっている。

社会に属しはじめると、所属しているべき時間に所属しているべき場所に居ないというだけ
どうしてこんなに世の中のつまはじきにされたみたいな気分になるのだろう。
熱にうなされながら、この部屋の存在もワタシの存在も本当はこの世に無いものだったんじゃないかと思いながら窓を見る。


雨だ。


冬の雨は形を変える可能性を秘めているから好きだ。
同じものなのに、形も、色も、名前すら変えてしまう冬の雨。
空の色があまりにも白いから、もしかしたらこの雨も夜にはもっとゆっくりしずかに地面に降り注ぐかもしれない。


ぼーっとしていく意識をさえぎるように携帯電話がメールを受信する音がする。
差出人は彼だ。かれこれ付き合いはじめて2年になる。


[なにかいる?]


普段ならなんでも自分でできると断る事も風邪に免じて許してもらおう。


[アイスクリームとおでんが食べたい]


それをただ経験しようとするのなら、本当は変わる事など難しくないのかもしれない、と思う。
雪の中をアイスクリームとおでんを抱え、白い息を吐きながら訪ねてくる彼を思いながらゆっくりと眠りにつく。

 

 

文豪気分で文章を書こうの会に提出した文章です。

12月のテーマは「桜・雨・酒・明・炎」から好きな人1文字で文章を書くでした。